「東京タワー」

「東京タワー」〜ボクとオカンと時々オトン〜
リリー・フランキー
先日息子のお土産を差し上げに行った先でお借りすることができ、読了。
電話で先方から「東京タワー読まれました?」と話が出て、「図書館に予約してから3ヶ月経過しようとしているのに、予約者リストはほとんど進んでないんですぅ・・」とこぼした所、「あら、お貸ししますよ^^」
ひょんな所でありがたく読むことができたのである。
最近、こういう風にシンクロすることが多いことに感謝しつつ読んだ。
本書はボク(リリーさん)の生い立ちからオカンが死ぬまでの思い出話(後悔&母への懺悔でもある)だが、手に取るように彼の気持ちがよくわかる。
表現が押し付けではなく、繭に包んだような語り口で読者の心の中に、ふわっと霧のように取り囲んだかと思うと、しとしとと降る小雨のように沁みこんでくる。
人の口から口へと、ベストセラーになるのがよくわかる。
人に勧めたくなる本である。
わが子にも読ませたい1冊。
文章のひとつひとつに無駄な感情が無いのだ。
彼は淡々とした誠実で優しい言葉で事実を表現している。
文章にはとても温かい人柄が表れている。
決して気取った、上等で綺麗な言葉で飾り立てた表現をしていないのに人間性が現れている。
実に文章がうまい。
単に技巧的に巧いというのではなく、旨い、とでも言おうか、、文章が心に沁み入って滋養になって行くようだ。
リリーさんは昭和38年生まれでオカンは昭和6年生まれ。
私の母親も昭和7年生まれなので彼の思い出の懐かしさは私も共有できる。
妹は丙午だし(笑)
私の街もちらりと出てくるし、彼が高校受験の際に手ほどきを受けた老画家が誰であるかも察しがつく(笑)
他の土地も行ったことがあるので頭の中で大体土地柄が理解できる。
すすけた炭鉱町と裏社会に棲むオトンの世界は別世界の話だが。
前半は実におもしろく、ちょっぴり謎解き部分もあり、一気に読み進めて行けるが、後半、目的もないまま漠然と東京にいついてしまい自堕落な生活を続ける「ボク」と、ためいきをつきつつそれにつきあって苦労する「オカン」の愛情が切なく、ページをめくる手が進まなくなってくる。
母親ひとり子ひとり・・・しかし何かあった節目にだけ「オトン」が加わる不思議な家族。
オトンとオカンの関係も切ない。
世間一般に言う常識的な「夫婦愛」はないが、たった1枚の婚姻届と、たった1本だけの赤い糸でむすばれている男女の関係。
オカンは死ぬまでヤンチャで子供っぽいオトンを愛し続けていたのだった。
優しい文章の中に時折、辛らつに強い口調の文章が出てくる。
某医師、某編集者、某総理大臣に対して・・・
登場人物も実名だし、オカンと関わった人で、「ボク」が批判気味に描いた人の中に、本書を読んで「あ、あの時のこと?もしかして私のこと?」と思った人がいるかもしれない。
わが身を振り返り、反省した人はまだ救いがある。
でも多分、彼らは自分のことだと気づいても、気づかないフリ・知らんぷりをし続けるだろう。
そういう人たちは本書を読んでも、自分に当てはめ反省する能力すらなさそうな”思いやりが欠けてる人種”だろうと思うからだ。
ぜひとも彼らに、反省して心を入れ替えてもらいたい。
一気に読み進めた前半と違い、後半は1ページ読むたびに涙があふれ、涙で読めないこともしばしば。
「いつか本当にやってくること。 確実に訪れることがわかっている恐怖」
・・・あらためて、生きてるうちに老親に感謝しながら優しくしてあげないと、、、と今更ながら心に誓った1冊だった。
男は誰でもマザコン。
マザコンで何が悪い。
”冬彦さん”の登場で、世間一般にマザコンが忌み嫌われ、嘲笑されるようになって久しい。
嫁という立場からみると確かに都合が悪い言葉であるが、親に優しくない男は、結局は妻や子供にも真の愛情はないと思う。
昔々、遠い戦地で死んだ兵士のほとんどが、息絶える前に発した言葉が「お母さん」だったと聞く。
「マザコンで何が悪い、何が気持ち悪いんだ!」
リリーさんの叫びは当然である。
人間にとって「自由」という言葉の響きは美しく、意味も崇高だけれど、目的の無い人間にとって都会の「自由」は「残酷」であり「冷たい」。
表紙の裏側の東京の風景に、タイトルである東京タワーは写っていない。
あれらはビルではなく、墓標・・・
★ドラマ化決定★
7月29日(土)フジ系 夜9時〜
田中裕子 大泉洋 蟹江敬三
公式サイトはコチラ。
原作のイメージが壊れないような作品を期待しています。
(何十年分の人生のドラマだから無理かな・・・)

