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08/06

ヒロシマのあの夏

今日は8月6日、広島に原爆が投下された日。
今朝の新聞に、エノラ・ゲイ乗組員3人が共同声明を出した、と載っていた。
「歴史のあの瞬間、原爆は確かに必要だった。我々は後悔していない」と。

昨夜テレビで「戦後60年記念番組」を観た。
3時間のうち、ラスト1時間ほどしか見られず残念たったけれど
改めて原爆の恐ろしさと惨さを感じた。
生き延びた体験者は、皆ご高齢。
彼らが去った後は、誰が語りべになるのだろう?

1番印象的だったのは、原爆を開発・投下・撮影した、ただひとりの人、
アグニュー博士が60年ぶりに来日、広島を訪れ、被爆者と対談したことだ。
現存する原爆の写真は、全て博士が撮影したものだという。
「あれは命がけだった。(親指と人差し指で丸を作り)こんな小さな窓しかなく、そこから映したんだ。大変だったよ」

事前のインタビューで、博士のことを聞き、「きのこ雲を撮影していたと聞いて悔しかった。責めるということではなく、本当に投下してよかったと思ってるのかを聞いてみたい」と語っていた。
当日、ふたりが鋭い質問をぶつけた。
「きのこ雲の下で、私たちが地獄の目に遭っていたことを想像してましたか?」「原爆を作っている最中、これを投下してはいけない、とは思わなかったのですか?」

博士は、
「たった1発で簡単だったから。何日も空爆せずに済んだ。
空爆していたらお互いもっと被害者が出たはずだ」
「私を批判するのではなく、日本軍を批判すべきだ」
「申し訳ないとは思っていない」
「パールハーバーが決定的だった」
と答えた。

そして
「戦争に”罪なき人”はいない。戦時中は全ての人が関わっていた。全ての人に罪があるのだ」と。

原爆慰霊碑で燃えている”炎”の意味である、「核兵器が無くなった時この炎は消える」を聞くと、苦笑いを浮かべ、残念だがありえない、と言わんばかりに
「その前にガス欠になるよ」
「世界中にはたくさんの核兵器がある」
「誰かが絶対ズルをする。それにブッシュ政権ではだめだ」
とつぶやいた。

番組は最後に筑紫哲也の「過去は変えられない。相手を責めるより、過去の過ちを教訓とし、今後どうするかが大事なのだと思います」というような言葉で結ばれていたが、全くその通りだと思った。
あの時のアグニュー博士の立場と環境では誰もが同じ事をしたかもしれないし、責められもしないのかもしれない。
無理だとしても、人間として核廃絶を訴えていかなければならないし、
被爆国日本の役目と責任だと思う。

  〜*〜

「アメリカ軍の本土上陸が回避され、多くの人命が救われた」
「戦争終結を早めた」

・・・これらが原爆投下を正当化する多くのアメリカ人の考え方。
AP通信が今年3月に実施した原爆投下の是非についての世論調査では、
47%が肯定で、46%が否定。ほぼ半々。
世代別では65歳以上の6割が肯定、18〜29歳の6割は否定した。
89年の調査では全体の6割が肯定だった。
うれしい事に、若い世代を中心に少しずつ変化していってるのがわかる。

  〜〜*〜〜

何故、広島と長崎に落とされたのか?
小倉には、戦車や大砲を作っていた軍事工場があったし、風船爆弾も作っていた。
(千葉か茨城あたりからジェット気流で流し、アメリカに落としていた)
しかし、天候が悪く候補から外れた。
当時中学1年だった父は川の土手で偵察機を1機見た。
そのあと空襲警報が鳴ったかと思うと、いつもと違ってものすごく大きな音で飛ぶB29が、上空を旋回していたがどこかへ飛んで行ったのを目撃している。
戦後、大人になって「文芸春秋」で、小倉から長崎に投下変更されたことを初めて知り、愕然としたという。
”アメリカからの原爆の真実”というスクープだった。

余談だが、広島と長崎が候補に挙げられたのは、宗教が熱心な都市だからとだとも言われている。
広島は浄土真宗(親鸞)の安芸門徒が多い都市。
長崎は昔から”隠れキリシタン”で有名な都市。
浄土真宗は仏教には珍しく「誰でも死んだら極楽に行く」という来世信仰。
浄土真宗とキリスト教、このふたつは似ていた。
アメリカ側は、宗教心の篤い人間は、原爆を落とされても「(宗教心から)そのうち忘れるだろう」「相手を許すだろう」という予想があったからだ、という予想をしていた。
しかし、今になってそれがアメリカの大きな誤算だったといわれている。
今でも1番声高に、世界中に平和をアピールして原爆投下の事実を示し、アメリカにも核の放棄を訴えているのだから。
今、1番熱心に平和運動や核廃絶運動を展開しているのが広島と長崎なのである。


今朝もいつも通り暑かった。
60年前の原爆が落とされた時間も広島ではさぞ熱かったことだろう・・・
真夏で暑い上に、原爆でも焼かれたのだから・・・・
 

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Comment


    
 

blueさん、おはようございます。
あの番組、ワタシも見ました。実は、我が家の「オヤジ
ー」のお兄さんが今広島に住んでますから、原爆ドーム
も2度ほど行った事があります。

我が家の娘は、そんな広島へ修学旅行の自由行動・・
グループで行ったのですよ〜。
多感な高校生ですから、友達は館内でボランティアで体
験談を話してくれるおじさんのお話に、『大泣き』
だったそうです。

話は、テレビへ・・
あの博士は、例え心の中で『ズ〜〜ン』と来るものが
あっても、『謝罪』はしないだろうと、テレビを見て
思いました。テレビ的な視覚効果でその場限りの
『謝罪』をしてもらっても実は嬉しくないですから。

ただ、60年を経ても、率直に話し合えたことを喜ぶ
べきだったと思いましょう。博士のことを、広島の原爆
で亡くなった人たちが“天国”でまってますから・・
もちろん、日本人とアメリカ人である博士が同じ天国
かは、わかりませんが・・。

筑紫さんの最後のことば・・ちょっと、安易にまとめち
ゃった印象です。東アジアの“核”の現状にも触れ、日
本の“侵略”で片付けられないその当時の事情も語る
必要があったのでしょうけど・・時間がないし、
筑紫さんの戦後の日本へのいつもの“スタンス”ですから・・・。
・・・と、文句言いつつ、最後まで見てしまった
スナッチャーでした〜〜。

 

ご覧になったんですね

スナッチャーさんもやっぱりご覧になったんですね。w
修学旅行で原爆ドームですか・・・有意義だなあ。
九州はほとんどの県が修学旅行で原爆ドームには行かないので
子供たちは話の上でしか原爆を想像できません。
こういうところからも気持ちが平和運動へ繋がるといいんですけどね・・・
私も行ったことがないのです。

>筑紫さんの最後のことば・ちょっと安易にまとめちゃった印象です。
そうですね〜、確かに。
テレビではいろんな立場の人が見るので、優等生に
まとめないといけなかったんでしょうね(苦笑)
博士の応対の云々はさておいて、
会談したふたりの被爆者のかたの気持ちを思うとやりきれなかったです。

 

「後悔していない」はありえない・・・

一昨日、酔っ払って帰宅して博士と被爆者のインタビューを観ました。
エノラ・ゲイ乗組員の共同声明と時を同じくして博士の「後悔していない」ということば。
私は彼らに謝罪を求める気持ちはないです。所詮、戦争中のいち兵士に過ぎないのですから。
小学生か中学生の頃、友人が広島と長崎に原爆を落としたのは本土決戦をさけるため、これ以上両国の被害者をださないようにするため、戦争を早く終結するため、京都は国宝級の文化が多く破壊できず、東京や大阪は人口が多すぎて被害が大きくなりすぎるためと説明していました。こども心に、納得しませんでした。おそらくその友人は、受け売りで話していると感じてはいましたが、なんとなく世界からの非難をさけるためにアメリカが、国策としてひとつの方針を決めて貫いている印象がしています。
エノラ・ゲイの乗組員が全く同じことを言っていましたよね。

個人を批判する気持ちはありませんが、核兵器で亡くなった人たちの数を考えると、たとえ戦争だからといって国としてはどんな言い訳も理由も通用しないと思います。原爆投下をアウシュビッツで行われたユダヤ人へのホロ・コーストと同じ位置付けで見直す学者もいます。純血主義という思想がなかったけれども、結果的に一般市民が大量に亡くなっているのです。

>「戦争に”罪なき人”はいない。戦時中は全ての人が関わっていた。全ての人に罪があるのだ」
この言葉が実に虚しかったですね。
でもblueさまもおっしゃているように若い世代から、戦争、原爆投下をもう一度考えてくれたら、将来の希望につながると思います。「後悔していない」そういう言葉はありえないです。その言葉は、もし同じような状況に落ちたら、同じことを繰り返すことを意味しています。。。

 

私も見ました・・・

こんにちは(^^)/
私もこの番組は最初から最後まで見ていました。
何度も原爆投下を回避できる分岐点にたどりつきながらも、
投下への方向へながされる過程が見ていて歯がゆかったです。
日本側が仲介交渉をソ連に頼んだのも大きな間違いだったと・・・

あの博士は絶対謝罪はしないと思ってました。戦後の惨状を見て心を痛めていたとしても、
それを作り投下したことへの後悔はないんだと思いました。
被爆された方々の心中を思うとやりきれない思いでしたが、それが敵対していた違う国の
人の考え方なのかなぁ〜と思ってしまいます。
(話はそれますが、時折、日本人のお年寄りの方で中国や朝鮮・韓国の人々のことを
『○○人のくせに』っていう言い方をする人と話すことがあります。こういうのも
同じことなのではないでしょうか。聞いてるこちらが嫌な気分になります。)
被害者であるけれども一方で加害者でもありますよね。逆に加害者でありながら被害者でもある。
『戦争』というものがいけないということは世界中の人々が思っていながら、
いまなお続いてますよね、残念ながら。。。

私は広島へは一度も行ったことがありません。
長崎の平和公園や施設へは中学の修学旅行で初めて行きました。
以来好きな街になったので4度ほどいってます。
長崎で展示品などを見てその衝撃に悲しくて痛い思いをしていたのを思い出します。
毎年、この時期になると平和について考えなきゃと思います。
普段は平和ボケしている頭を揺さぶって、メディアから目にする戦火の状況を
他人事だと思わないようにと。。。
ホントはこういう時だけ思っていてもだめなんでしょうけど・・・

この日、外出していて照りつける太陽が肌に痛かったです。
60年前も暑かっただろうなと、思わず空を見上げました。真っ青な空が広がっていました。。。

 

戦争の言い訳・・・

樹衣子さま

たぶんお友達の説明の一部はあってると思いますよ。
京都が候補に上がっていたのをアメリカの学者が反対したと聞いていますから。
小倉は八幡製鉄所も狙っていたそうで、製鉄所は空襲警報が鳴ると、目隠しのためにいつも空いっぱいに煙幕を張ったそうです。
(天気も実際に曇が多かったそうですが)
新潟も候補だったとか。←これだけは何故だったのか誰にもわからないそうですが(小さい油田があったとか?)
言うのを避けましたが最初、ドイツに落とす案もあったそうです。
落さなかった理由は白人の国だから?・・と陰で言われてますね。
真実だったら怒りでいっぱいです。

>「後悔していない」そういう言葉はありえないです。
人間だったら後悔しないというのはありえない・・と、あの数々の資料を見たら誰でも思うはずですよね。

・・・・がっ!!
昨日の番組よりも、今日、テレビ朝日で「核」の番組を観て怒り心頭です。
どんなに言い訳しても、アメリカは原爆を実験に使ったのでは?という疑惑の証拠が次々と出てきたからです。
許せない気持ちでいっぱいです。
狂ってる・・・


 

ももさん

>何度も原爆投下を回避できる分岐点にたどりつきながらも、
投下への方向へながされる過程が見ていて歯がゆかったです。
当時の軍部はパニックにでもなって冷静な判断が
できなくなっていたとしか思えないですね。
軍艦や飛行機の性能は世界一だったけれど、
指揮するTOPが最悪だったのが悲劇でした。
「狂人に刃物」・・・

>被害者であるけれども一方で加害者でもありますよね。
逆に加害者でありながら被害者でもある。
そうなんですよね〜!
戦争は絶対おこしてはいけないですよね。
最近、、「第九条」について見直せ、と
アメリカから要求されてるけど・・・
一度は軍隊を放棄させておいて今度は軍隊を持て!ですか・・・
随分勝手ですね、と言いたいです。

 

TBありがとうございます。
再び悲劇を繰り返さないよう各国が一致団結して努力しいかなければなりませんね。
日本は唯一の被爆国として率先して核保有国に働きかけていくべきです。

 

おはようございます。

asatte_no_houkou さま、TB&コメントありがとうございました。
本当に核は恐ろしくて非人道的ですよね。
>日本は唯一の被爆国として率先して核保有国に働きかけていくべきです。
それが唯一ではなかったようで・・・
腹が立って仕方がありません。
アメリカは自国でも人体実験をやっていたんですよ・・・
それとマーシャル諸島でも故意な人体実験を。
世界中にあの悲惨な映像を観せたいです。

 
 
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